豊島簡易裁判所 昭和40年(る)3号 判決 1965年7月02日
申立人 竹下源太郎
決 定
(申立人 氏名略)
右申立人から、豊島区検察庁検察官副検事高柳吉二が昭和三九年三月三一日別紙目録記載の押収品についてなした還付処分につき、準抗告の申立があつたので、当裁判所は左の通り決定する。
主文
前記検察官が堀内要七、大塚喜造に対する窃盗被疑事件につき昭和三九年三月三〇日なした目録物件の還付処分は、これを取消す。
理由
本件準抗告の理由は
一、申立人は昭和三九年一月二五日堀内要七に対する業務横領被疑事件の証拠品として警察当局からブロニカ・ガスライター一九九九個を刑訴法第二二〇条第一二〇条により押収され、ついで同年二月一日大塚喜造にする窃盗被疑事件の証拠品として申立人方において警察当局から同ライター五個を押収され、申立人自身も同月四日賍物故買被疑事件のため身柄を拘束された。
二、申立人及び大塚喜造堀内要七に対する被疑事件はいずれも豊島区検察庁に送致され、同庁同検事高柳吉二の取調べを受けたが申立人は同年二月一九日釈放され、右三名はいずれも不起訴処分を受けた。
三、しかるところ、右ライター合計二〇〇四個は同年二月一四日警察当局の手で株式会社ブロニカ(板橋区常盤台所在)に仮還付されていたが、同年三月三一日右検察官は右仮還付のまま本還付処分をなした。
四、しかし、
1 前記堀内要七及び大塚喜造は終始右ライターが賍品でないと主張し、右被疑事件は不起訴処分となつたのみならず、本件領置のガスライター以外の右両名取扱の同種ガスライターの所有権の帰属については右両名と株式会社ブロニカ間に民事訴訟が行われていて盗品たることは明らかにされていないものであり、一方申立人は右堀内から善意無過失で右ライターを一個五〇〇円の代金で買受けてその所有権を取得したことは極めて明かであり
2 刑訴法第一二四条により被害者還付の決定をなすには右規定の趣旨により被害者に還付すべき理由が客観的に明白―すなわち所有権の帰属が証拠上明白で、かつ被害者に還付すべき相当な理由がある―なことを要するのである。
しかるに本件においてはすべての証拠関係からみて、前記ライターの所有権は申立人に存在することが明らかであるから、これを第三者に還付すべき理由は全くない。
以上の如く、右検察官の押収物についてなした還付処分は明らかに違法である。
五、よつて右処分の取消を求める。
というにある。
よつて考えてみる、豊島区検察庁から送付された堀内要七、大塚喜造に対する窃盗被疑事件記録及び竹下源太郎に対する賍物故買被疑事件記録によると、本件準抗告申立人は昭和三九年一月二五日別紙物件目録一記載のライター一九九九個を板橋警察署長に任意提出し(処分意見として、被害者と話合の上品物をお返し致します、と記載の上)、同日同警察署司法警察員は堀内要七に対する窃盗被疑事件につき、所有者の住所氏名欄に板橋区東新町一ノ七、吉野善三郎と記載してこれを領置したが同年二月一四日ゼンザブロニカ工業株式会社社長吉野善三郎は同警察署からこれが仮還付を受けたこと、同警察署の司法警察員は大塚喜造に対する窃盗被疑事件につき同年二月二日令状によつて本件申立人方居宅を捜索の上物件目録二記載のライター五個を差押押収し(押収品目録には被差押人を本件申立人、所有者を前記吉野善三郎と記載した)、同月一四日前記株式会社社長吉野善三郎に対しこれを仮還付したこと、事件の送致を受けた豊島区検察庁検察官副検事高柳吉二は捜査の末同年三月三〇日窃盗事件の被疑者堀内要七、同大塚喜造については両被疑者が前記ゼンザブロニカ工業株式会社から部分品の支給を受けてライターの組立製造を下請していた株式会社朝日製作所の倉庫から部分品を持出したことを認めながら、右部分品は朝日製作所で組立製造の過程において出て来た不良品又は員数外のもので、これを廃棄処分に付するため倉庫に保管していたものであつて、堀内は元右製作所に勤務中資材係から不良品だから適当に処分されたい旨の言質を与えられて、その処分を許されていたものであるから不法領得の意思がなく、結局犯罪の嫌疑なしとの理由で不起訴処分をなし、申立人に対する賍物故買被疑事件については、賍物たるの情を知つていたことの証明がないのみならず、本犯たる窃盗が目的物が廃棄処分を許されていたもので不成立であるから、本件ライターは賍物たる性質を有せず、被疑者の買受の行為は罪とならない、との理由で不起訴処分に付したこと、同検察官は同日右窃盗被疑事件につき押収した物につき仮還付の侭本還付処分をなしたことが認められる。
押収物品が盗品たることが明かである場合には、被害者が警察に届出で、盗難後二年以内に盗品が発見された場合は回復の請求があつたものと解し、占有者が盗品を競売もしくは公の市場または同種の物を販売する商人から善意で買受けた場合を除いては代金を弁償することを要せずしてその物を回復し得るのであつて、当該窃盗の被疑者が盗人たる証明がないとしても、被害者に還付することができる、と解し得られないでもないが一方検察官としては民事上の権利関係につき判断する固有の職権なく、唯刑訴法第二二二条第一二三条第一二四条により被害者に還付すべきことが疑問をいれない場合弁護人の選任ある場合その意見を聴いた上還付することが便宜上許されているに過ぎないのであるから、窃盗嫌疑はあるが起訴便宜主義により起訴猶予処分に付する場合を除いては、被差押人また差出人等の占有者を顧みないで、他に還付する職権を有しないものと解せざるを得ない。
本件についてこれを見れば、窃盗被疑事件は嫌疑なしとして狭義の不起訴処分をなしたのであるから、押収品の占有者たる被差押人または差出人として本件申立人に還付処分をなすべきであつて、第三者たる前示株式会社に本還付したのは違法であつて、本件申立人はこの処分の取消を求める利益があるから、本件準抗告の申立を容れて主文の通り決定する。
(裁判官 林三郎)
目録(略)